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地域医療連携クリテイカルパスと Quality Indicator ~信頼回復への礎となるか?~

No.42|2009年1月17日

混沌とした社会情勢の中で2009年を迎えました。医療の崩壊が現実味を増し、医療に対する国民の信頼が大きく揺らいでいます。一方、国は3つの医療費適正化政策を掲げ、その柱の一つとして医療機関の機能分化と連携を謳い、具体的には地域医療連携クリテイカルパスというシステムを広めようとしています。現状では診療所から病院へ患者さんを紹介する際に、検査や治療が双方で重複する医療費の無駄や一貫した治療計画が共有されない事による入院期間の不必要な延長、救急患者のタライ廻し、退院後に新たな医療機関を患者・家族自身が探さなければならない等の不都合が問題となっています。

 

この問題を解決する手段の一つが地域医療連携クリテイカルパスです。このシステムは地域の大・中規模病院と診療所などの医療機関が連携して患者さんの情報を共有し、双方の医者が主治医として治療にあたり、各患者に対する治療開始から入院-退院-転院-かかりつけ医の受診にいたる一貫した診療計画に基づく切れ目のない医療体系です。現在では脳卒中、大腿骨頸部骨折、前立腺癌、心筋梗塞、糖尿病等の疾患に対して各地域でこのシステムが導入されつつあり一定の成果をあげています。しかしながら病院、診療所、患者側のそれぞれに本システムを直ちに取り入れる上での認識不足や準備態勢の不備があり、広く行き渡る状態にはなっていません。病院と診療所間の医師同士の信頼関係もその一つです。開業医が病院へ患者紹介する際には病院の診療実績、医師の力量など医療の質をホームページやメデイアの情報を通じて判断し、紹介先を決める事が出来るようになってきました。最近ではお互いの顔が見える関係を構築するために連携の勉強会も頻繁に開催されていますが病院側の医師にとっては診療所の医療の質に関する情報が乏しく退院時に患者を適切な診療所へ逆紹介する事に躊躇する医師も多いようです。

 

診療所に対する医療の質の評価は難しく、現在のところメデイアやネットでの口コミを元にした物はあるものの客観性があるとは言えません。診療所情報がブラックボックス化してはいけません。では診療所はどのように自ら医療の質の情報を発信すれば良いのでしょうか?

高齢化社会の中で効率的かつ質の高い医療をいかに提供するかという事は世界中の関心事でありOECD(経済協力開発機構)では一国の医療の質を標準化し加盟国間の医療の質を比較する事によって世界中の医療への信頼に応えるプロジェクトが進行しています。

 

この指標はClinical (Quality)Indicator と呼ばれるもので、EBM(根拠に基づいた医療)に則った適切な医療の指標です。最近ではいくつかの病院で自らの医療の質を公表する手段として用いられてきていますが一般診療所の外来診療においてもいくつかの指標を用いて自らの医療の質を世に問う事が可能と思われます。私たちのクリニックでは地域医療連携クリテイカルパスに積極的に参加する事を念頭に外来診療で最も多い生活習慣病のうち高血圧と糖尿病に関するQuality Indicator を検討し、その結果を公表する事としました。
症例数が少なくささやかですがこの結果を患者さんや病院に評価してもらいクリニックの全職員が自らの医療の質を認識し、その向上に向けて努力する事を目指しています。

 

 高血圧症例(平成20年10月現在)     564例
   薬物治療非薬物治療(食事・運動療法)  505例(89.5%)59例(10.5%)  
 血圧コントロール  140/90mmHg未満  (54.7%)130/85mmHg未満  (18.6%)
   降圧剤  1剤投与2剤投与3剤投与4剤投与  312例(61.8%)162例(32.1%)29例(5.7%)2例(0.4%)
 降圧剤の種類(単剤処方例) ARBCCBβ遮断剤ACE阻害利尿剤αβ遮断剤 134例(44.6%)129例(41.3%)25例(8.0%)10例(3.2%)8例(2.6%)1例(0.3%) 単剤使用率(54.7%)(46.6%)(34.2%)(30.3%)(9.4%)(2.0%)

 

 

 糖尿病症例(平成20年10月現在)     217例
   薬物治療非薬物治療(食事・運動療法)  169例(77.9%)48例(22.1%)
 糖尿病コントロール(HbA1C)  5.8未満5.8~6.0未満6.0未満6.0~7.0未満*6.5未満7.0~8.0未満8.0以上   48例(22.1%)25例(11.5%)73例(33.6%)81例(37.3%)125例(57.6%)32例(14.8%)31例(14.3)
  *ガイドラインでのコントロール良好群
  非薬物治療例の平均HbA1C   6.11±0.71%

 

解説

高血圧治療において降圧力に優れ、副作用の少ない降圧剤が開発され一般開業医も比較的容易に高血圧治療に取り組む事が出来るようになりました。高血圧治療ガイドラインでは高血圧による臓器障害を予防する目的で降圧目標値をより厳密により低くする事が求められており、その目標達成率と治療中の脳卒中や心筋梗塞、腎不全などのイベント発生率が高血圧治療の医療の質とみなす事ができます。しかしながら専門病院には重症例が集中し降圧が困難な症例が多い一方で軽症、中等症を多く扱っている施設では容易に降圧目標値を達成する事ができる可能性もあり、一概に施設間の目標達成率で質を比較する事はできませんが使用薬剤の数や種類を考慮してある程度降圧達成率が高血圧治療のQuality Indicator になり得ると考えます。
ALLHATなどの大規模臨床試験では目標血圧の140/90mmHgまで降圧が達成されたのは50~70%と報告され、このうち約40%は3種類以上の降圧剤が投与されています。
わが国の循環器専門医を対象とした2000年の調査では140/90mmHg未満のコントロール例は糖尿病合併の有無により38.3%~40.5%と報告されています。私たちのクリニックの140/90mmHg未満達成率は54.7%であり他施設に比べて劣るものではありません。
しかしながらガイドライン推奨の130/85mmHg未満は極めて低く18.6%に留まっています。この目標値は専門施設でも20%前後といわれており達成は困難ですが降圧剤の選択、組み合わせ、患者教育により、さらに質の高い高血圧治療を目指したいと思っています。

 

糖尿病コントロールのQuality Indicator としてHbA1Cは眼底検査実施率、下肢切断率と並びOECD,WHOで検討されている指標です。OECDプロジェクトでは糖尿病の血糖コントロール不良例をHbA1C9.5%以上と定義しその割合がヨーロッパ各国で9.5%から16.4%と報告されています。一方米国では21%と高く、ドイツでは病院外来(糖尿病専門医)31%に対しプライマリケア診療所では60%と高い結果となり専門医関与の有無による治療の質の差が報告されています。わが国では2003年の国民健康栄養調査で糖尿病治療例のHbA1C9.0%以上の割合は16.2%と推定されています。
個々の施設では聖路加国際病院から詳細な報告がありガイドラインで良好なコントロールとされるHbA1C 6.5%未満が2007年には38.9%であり、可とされる7.0%未満の割合が62.5%と報告されています。また不良の9.0%以上は4.6%という優れた治療実績です。

 

私達のクリニックではHbA1C 6.5%未満の良好例が57.6%であり7.0%未満の割合は70.9%でした。この結果は専門施設と比べても遜色のないものです。しかしながら糖尿病の治療も高血圧と同様に重症例がどの程度含まれるかを考慮しなければなりません。
治療内容の吟味も必要です。例えば専門病院では重症例が多い事からインスリンの導入例が50%を超えるところもありますが私達のクリニックではインスリン症例はあまり多くありません。各種経口糖尿病薬の選択と組み合わせ、インスリンの導入例の治療効果を含めたより細かな検討を経年的に行っていく所存です。

 

理事長 弘岡泰正

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