キープ イン タッチ

 私が英国のウェールズ大学心臓外科に大学より派遣されたのはバラとラベンダーが咲き乱れ、ウィンブルトンが賑わっている季節でした。シニア・レジストラという高い身分で招聘してくれたボスのMr.Buchart(英国ではフェローシップを取得した認定外科医はMrと呼ばれる)に緊張して会いに行くと、長身で隙の無い身のこなしのボスが口元に笑みを浮かべながらもあまり笑っていない青い目で私を見つめ強く握手をしてきました。簡単な自己紹介の後、ウェールズ大学病院には日本の部長職のコンサルタントという身分の心臓外科のボスが彼の他にもう一人おり、そのボスは今日は人工弁の会社の接待でウィンブルトンの試合観戦に行っているがお前に会うのを楽しみにしているとの事でした。

 

 

 

 私は彼らの下で、同僚となるもう一人のシニア・レジストラと共に毎日の手術、外来、病棟診療をレジストラやSHOと呼ばれる研修医達を指導しながら生活する事になるのですが病院側が郊外の一戸建てのハウスを私達のために用意している事を聞かされ、あまりの厚遇に嬉しくなりました。しかしながら通勤の手段に話しが及んだ頃から雲行きが怪しくなったのです。後で分った事ですがカーレース観戦が趣味で自動車大好き人間のボスは自動車輸出国から来た私も同好の士と思い込んでいた節があり、どうゆう自動車を購入するつもりかと興味津々の表情で問いかけてきたのです。私が情けない事に自動車の運転が出来ず、家内が運転する事になっている事を伝えると、突然親切そうな笑みが消え、トヨタ、ニッサンのお前の国で自動車を運転しないのはよほど変わった人種かと皮肉り始めました。そして心臓外科医は夜中に病院へ急行することも度々あるがその時はどうするのだと聞きます。「女房が運転します」と応えると、日本では寝ている女房を起こして夜中に運転させる事が通じるかもしれないが、この国ではそれは許されないと強い口調のお説教になりました。そしてあろう事かハウスの方は自分がキャンセルしておくからお前達は病院構内に夫婦用の宿舎があるからそこで暮らせといことになってしまいました。なにやら歓迎の雰囲気が一変し最初から天国から地獄への風向きでしたが宿舎が空くまで2週間もあり、その間ホテルで待機する事になったのです。

 

 

 

 ホテルに2人で大荷物を運び部屋で荷物を解いていると電話がかかってきました。言葉が不自由な我々にとって電話での早口の英語はストレスこの上もありませんが、仕方なく受話器を取るとアクセントの強い何を言っているのか分らない、怒ったような男の声が聞こえてきます。よく分らないまま「ah ah~yes」等といい加減に応えていると、「これからそちらに迎に行く」という台詞だけ明確に聞き取れました。何事か分らず夫婦で途方にくれていると、30分ほどしてドアーがノックされ、赤ら顔の鼻眼鏡の上からこちらの目を覗き込むような眼差しのクリスマスキャロルのスクルージのような初老の大男が4,5歳の二人のかわいい金髪の男の子を従えて入ってきました。そして「Hallo I am Mr.Brekenridge」と自己紹介しました。彼はもう一人のボスだったのです。そしてこんなホテルに泊まるのはもったいないから宿舎が空くまで自分に家に泊まれといいながら子供達に命じてトランクを運び始めました。受付には既にキャンセルを告げてあると言いながら強引に我々を荷物と共に自動車に乗せ走り出しました。まるで誘拐されているような感じで我々はただだまって犬の毛だらけの後部座席に座っていたのです。

 

 

 

 しばらくするとあまり大きくはないものの素敵なビクトリア朝風の屋敷に到着しました。家の中からやたら嬉しそうに尻尾をふりながら飛び出てきた若いラブラドールに続き上品でスマートな金髪に透き通るような青い目の優しく美しい女性が出てきて両手を広げて笑顔で歓迎してくれました。彼女が夫人のエリザベスでした。彼らには迎えに来た2人の少年の他に2人の思春期の娘がいました。妹のケーテイが私達の為に部屋を空けてくれる事になり、それから2週間の間、女の子らしくかわいらしく整頓された彼女の部屋で過ごす事になったのです。

 

 

 

 さて仕事始めの朝、庭に集まるブラックバードのさえずりで目覚め、電気自動車で運ばれる牛乳ビンのカチャカチャなる音とエリザベスが陽気なミルクマンと交わす朝の挨拶を聞きながら身支度を整え皆で朝食をとった後、Mr.Breckenridge と一緒に病院まで行くことになりました。有名なグレートオーモンド小児病院の主任看護婦だったエリザベスは「私も最初の勤務の日は大変だったからあなたがナーバスになっているのはよく分ります。頑張って行ってらっしゃい。」と優しく両手で私の肩をポンとおして送り出してくれました。

 

 

 

 それほど遠くない出来事の様にも感じますが、あの日からもう23年の年月が流れてしまいました。帰国した後様々な事があり、私はメスを置き心臓外科医を辞めて開業医となりましたが、毎年のクリスマスには英国時代の知人から、暖炉上に置ききれないほどの懐かしいカードが送られてきました。

それほど長期間の滞英生活ではなかったのですが、私達の人生において人との交わりを始めとして得た経験ははかり知れず、家内は今でも何かにつけ英国時代を懐かしく語ります。英国からのクリスマスカードは長い時間の空白を一瞬に埋めてくれ、昔の友人、知人達の顔を思い出しながら夫婦で争って読み合うのを常としていました。

 

 

 

 ところが昨年は、毎年一番早く届くはずのBreckenridge夫妻からのカードが来ませんでした。なんとなく不安がよぎり夫妻が無事にクリスマスを迎えれば良いがと念じていましたが、年が明けてから我々のカードの返事として皆が読めずに苦労した癖のある自筆のMr.Breckenridgeの手紙が届きました。そして3ヶ月前にエリザベスが乳がんでこの世を去った事を知ったのです。

Mr.Breckenridgeは家庭では優しい父親でしたが病院では気に入らない事があるとスコットランドなまりで吼えまくり、手術室や病棟では看護婦も医者も彼の出現にビクビクしていました。最初彼の家に泊まっていることを知った同僚達が信じられないような顔をして「オーノー」と言って気の毒そうに肩をすくめた事を思い出します。畏れられながらも暖かさを感じた人々から尊敬されていた彼も定年で仕事を離れ、好々爺となって暖炉の前でスコッチとワインを嗜みながらエリザベスと悠々自適で平穏な老後を過ごしているはずでした。

エリザベスは趣味のエッチングで壁を飾り、ワイン棚を自分で作ったりいつもインテリアを美しくコーデイネートしたりしていました。完璧な主婦、母親でありMr.Breckenrigde にとってかけがえのない彼女のいない今、娘たちは一緒に住むこと事も勧めた様ですが彼女の手がけた家の中にはいつも彼女がいるようなスピリットを感じ、とても家を離れることは出来ないと震えた字で切々と書かれていました。

老犬になったラプラドールも数年前に亡くなり、おまけに手紙を書いている前日に老犬と仲の良かった飼い猫も亡くなったとの事で子供達も去った一人ぼっちの家で悲しみに浸っているであろうMr.Breckenridgeを思うと私たち夫婦は居ても堪らず早速、彼に花を贈り慰めの手紙を出したのです。

 

 

 

 さて1ヶ月ほどして彼から丁寧な礼の葉書と共に、ロイヤルネイビーの士官になった息子のウィリアムが近々、日本に立ち寄るのでその際は宜しく頼むとの思いがけない知らせがありました。数日してあのかわいかった少年が今や立派な軍人となって友人達とクリニックを訪問してくれました。近くの居酒屋で遅くまでエリザベスの思い出や愛すべきオヤジの事などを話しあったのです。そしてオヤジの事は自分たちがいつも見守るから心配しないで欲しいとの頼もしい言葉を残して帰って行きました。

私達夫婦も歳をとり時は流れて行きますが小さな日英関係はこれからも続きそうです。

 

 

理事長 弘岡泰正

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