クリニック引越しに寄せて

 私が心臓外科医時代には思いもしなかった新宿のこの地で偶然開業する事になってから16年が経ちました。大学を辞めて後に1年間共に働いた病院のスタッフ達と家内とで小さく始めたクリニックも次第に診療科目が増え、人間ドックや健診部門も時代の要請にあった規模と内容にするために施設を拡充する必要が出てきました。

 

 

 

 一般診療と健診部門が2フロアーであったため患者・受診者の皆様に色々御不自由をおかけし、我々の業務上も不都合が生じていたため1フロアーに総てが収まる適当な場所に移りたいと希望していた処、幸いにも現在地から40メートルほどしか離れていない場所に格好のビルが新築されました。1年余り顧問税理士、メインバンクの担当者、多くの信頼できる友人たちと相談を重ねた末にこの夏に移転を決断し、仲介してもらった不動産会社の誠実な担当者のY氏の下にコンサルタント・設計事務所・建築会社・引越し業者の素晴らしいチームワークが組まれ瞬く間に新しいクリニックが出来上がりました。

 

 

 

 米国では dying is easier than moving (引越しより死ぬ方がまし) という言葉があるそうですが、引越しは大変な労力を要します。特に医療機関の引越しは精密な医療器械やカルテなどの大量の個人情報を保持しつつ行わなければならず大変です。用意された500箱分のダンボールが送られて来た時には正直言って上手く行くのか不安で眠れぬ夜が続きました。患者さんにご迷惑をかけないように通常通り11月末の土曜日の午前中の診療を終えてから皆で夜遅くまで荷物積めの作業を行い、翌日曜日に早朝から引越し業者に運搬してもらいました。月曜日を1日だけ休みにして午前中、製薬会社の有志にも手伝ってもらい職員総動員で荷開け・配置・整備を行い、午後2時からの保健所,区役所の監査を受けました。そしてまさに綱渡りのぎりぎりで新クリニック開業の合格証を頂く事ができたのです。

 

 

 

 翌日12月1日から新クリニックを開院したのですが、あまりにも厳しいスケジュールで多くの人から無理だ!無謀だ!クレージーと言われました。可能性に疑問を持つナースに木下籐吉郎が蜂須賀小六らの野武士と一夜城を築いた墨俣城の逸話を伝え、「頑張れ!」と叱咤したのですが、「私たちは野武士ではありません。」とあっさり切り返されました。またある職員には第二次大戦末期に圧倒的な米軍に包囲されながら、霧に紛れ5200名もの将兵を3頭の軍用犬を残して全員無事に1時間で救出した、キスカ撤退作戦の話しをして「綿密な作戦とやる気で乗り越えるぞ!」と気合を入れたのですが、「はあ~先生の話はいつも古すぎます。」と言われる始末でした。

 

 

 

 しかしながらヒロオカクリニックの諸君は「やるときはやる!」で見事に超短時間で完璧に移転引越しをやりとげたのです。皆に心より感謝です。ご苦労様でした。

 

 

 

 今、お祝いに頂いた花に囲まれた新しいクリニックの診察室に座りこれからも地域、職域の皆様のお役に立てるよう決意を新たにしています。

 

 

 

 

理事長 弘岡泰正

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