梅雨の晴れ間

 梅雨の晴れ間の暑い休日の午後、所用で乗った電車は何時になく空いていました。ひんやりとした冷気に包まれながらふと前を見ると“編集手帳”の車内広告の中に“母”がいたのです。「永遠の片思い」と題した新聞社のポスターの写真の中の後ろ向きで割烹着を着てなにやら一心に台所仕事をしているその人の横顔はあまりにも母に似ており一瞬声を失いました。

 

 

 

 父の死後、一人で田舎に住んでいた寡黙な母は久々に帰省をする私に「お帰りなさい。」といった後、あまりしゃべる事はせずに台所に立ち、「今日はあんたが帰るので魚屋さんに行ったら良い釣りアジがあったから買ってきたのよ。」等と嬉しそうに言いながら裏の畑でとれたナス、きゅうり、ミニトマト、枝豆などを流しで洗いながら夕飯の準備をしてくれました。手伝うでもなくただ後ろに立った私は次第に背中が曲がり、ずいぶんと小さくなった割烹着の後姿の母に「一人で住んでて大丈夫かい?」と語りかけると「ご近所の皆さん良くしてくれるから心配ないわよ。」と気丈に答えながら久々に大張り切りで夕飯の支度をするのでした。外ではお盆過ぎのカナカナゼミが鳴いていたあの時から20年の月日が流れてしまいました。今では故郷の家はなく、母も亡くなり、夏の夕暮れの思い出だけが心に残っています。

 

 

 

 さてポスターの写真を目にした途端、母との光景が思い出され涙が止まらなくなってしまいました。ポスターの下の前の席で携帯に熱中していた茶髪の青年がポスターを凝視するただならぬ雰囲気の私に気づいて驚いて席を立って行きました。その時、少し先の席でぐづった男の子が「おかあさ~ん。」と声をあげ、私は我に帰りました。

 

 

 

 母の納骨で故郷に帰る日はもうすぐです。

 

 

 

 

理事長 弘岡泰正

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