エビゾウの死とメダカたち

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 この夏、飼っていたメダカ達が急に死んでしまいました。原因がわからないまま毎朝、死んだメダカをすくいあげる作業は辛いものでした。

 

 

 ある日の外来で、月に一度遥々埼玉から診察を受けにくるAさんにこの事を話しました。

Aさんは退職した元技術者で悠々自適の暮らしで毎日魚釣りを楽しんでいますがなかなかの生き物大先生でいつもバラの剪定や肥料の相談に乗ってくれます。

メダカの話をすると「そりゃあ先生もお寂しいでしょう。ようがす!私が何とかしましょう。」という事で、ある雨の日に裏の田んぼで取ってきたといってポリバケツ一杯の水に泳ぐ50~60匹はいると思われる小さなメダカを持って来てくれました。85歳のAさんの膝には人工関節が入っており、何時もびっこが痛々しいのですが、10キロ近くあるバケツを持って電車に乗って新宿までやって来て、駅から20分をかけてクリニックまで雨にびっしょり濡れて息切れしながら歩いて来たのです。職員一同大感激でしたが思わず私は「お礼はいかほど?」と彼に尋ねてしまいました。その瞬間彼の顔が紅潮し「先生!そんな物を貰うために持って来たんじゃないよ。何時もお世話になっている気持ちだよ。」と言って怒ったように私に告げました。

 

私は心から失礼を謝りましたが一瞬50年も前に田舎の開業医の父のところへ山鳥や川魚、つきたての餅などを診療代の替わりに持ってきたお爺さん達の古き良き日本人の顔が浮び、まだまだ開業医もまんざらではないなと嬉しい気持ちになりました。さてこの話を有名な切り絵作家で[新宿メダカ同好会、もっか会員2名]の友人にした処「メダカを長生きさせるコツは水草です。私が持ってきてあげましょう。」という事でポリ容器に川から採ってきた水草をいっぱい持ってきてくれました。翌朝水槽に水草を入れようとするとなにやら白く透明な数ミリの生き物が水草に付いています。よく見ると川エビの子供の様です。「これは楽しみが増えた。」と喜びましたが次々とメダカに食べられたのかいなくなり、一匹だけがすくすくと育っています。その成長の早さは驚くべきもので昨日までプランクトンのようなチビが日々大きくなり次第に立派なエビの形になっていきました。食卓のエビしか知らない友人が「これはイセエビになるんじゃないですか?」等とアホな事を言った時には私も[ひょっとするとそうかも]などと考え女房に「川に伊勢えびがいるわけ無いでしょう。」と馬鹿にされました。

 

 

 5cmくらいの体長になると水草を食べたり茎を駆け上ったり、水槽の底を掃除したり大活躍です。夜になると水面の水草の葉っぱを掛け布団にしておなかを上にしてねています。

私たちはこの川エビを“海老蔵”と名づけましたが、なかなかの役者で[成田や!]と掛け声をかけると水槽の正面を向いて歌舞伎の荒事ばりに石をハサミで持ち上げる動作をしてくれます。メダカ同好会の友人はその行動はエビではなくザリガニだと判定し、そのうちメダカを食べるので注意しろと警告してくれました。確かに少しバルタン星人のようになって来ましたが我が心優しいエビゾウはメダカには目もくれず浚渫(しゅんせつ)工事のように小石を集めて巣作りに勤しんでいます。ある日曜日、エビゾウが水草を食べてしまうので、新しい水草とエビゾウ用の瀬戸物のお家を買いにデパートに行きました。店員さんから水草は輸入物が多く農薬が含まれているのでエビが死ぬ可能性がり、1週間ほど水につけてから水槽に入れてくださいと警告されました。ところが帰ってみると女房が駅前の金魚屋で売っていた水草を買ってきて水槽に入れていたのです。そして翌朝、あんなに元気だったエビゾウが水面に浮いていました。いつものようにつついても目を覚まして元気に動き回りません。私は大声で「大変だ。エビゾウが死んだ!」と叫びました。女房がベッドから飛び起きて「ええーほんとうー」と泣きそうな声で階段を駆け下りてきました。エビゾウを殺したのは水草のせいだと叱責しましたが、女房はうつむいたままエビゾウの遺骸を水槽から出し、「ひょっとして生き返るかも」とつぶやきながら酸素石のたっぷり入ったポットにいれましたが無駄でした。私は「今夜はお通夜だ」と不機嫌に言い残し、家を出たのです。その夜はしめやかに2人でお通夜を執り行い、たっぷりお酒をいただきました。翌朝、女房は庭の片隅にエビゾウの亡骸を埋め、瀬戸物のエビゾウ用の家を墓石代わりとして弔いました。

 

 

 数週間後、レストランで知人と食事の際に女房が大きな声で「エビゾウが死んじゃったのよ!」と言いました。その時丁度後ろの席で5人のOL達がにぎやかに食事を摂っていましたが一瞬驚きの沈黙です。そして小さな声で…

「あんた知ってたあ?うそお~この前結婚したばかりなのにい」…等とささやきながら一斉に携帯をいじくり始めました。しばらくしてどうも違うエビゾウさんの話らしいと気がついたようで、相変わらず空気を読めないで能天気にエビゾウ悲話を続ける女房に「ったくう!」というような非難のまなざしを向けたのを私は背後に感じたのでした。

 

 

 

 

理事長 弘岡泰正

 この夏、飼っていたメダカ達が急に死んでしまいました。原因がわからないまま毎朝、死んだメダカをすくいあげる作業は辛いものでした。

 

 

 ある日の外来で、月に一度遥々埼玉から診察を受けにくるAさんにこの事を話しました。

Aさんは退職した元技術者で悠々自適の暮らしで毎日魚釣りを楽しんでいますがなかなかの生き物大先生でいつもバラの剪定や肥料の相談に乗ってくれます。

メダカの話をすると「そりゃあ先生もお寂しいでしょう。ようがす!私が何とかしましょう。」という事で、ある雨の日に裏の田んぼで取ってきたといってポリバケツ一杯の水に泳ぐ50~60匹はいると思われる小さなメダカを持って来てくれました。85歳のAさんの膝には人工関節が入っており、何時もびっこが痛々しいのですが、10キロ近くあるバケツを持って電車に乗って新宿までやって来て、駅から20分をかけてクリニックまで雨にびっしょり濡れて息切れしながら歩いて来たのです。職員一同大感激でしたが思わず私は「お礼はいかほど?」と彼に尋ねてしまいました。その瞬間彼の顔が紅潮し「先生!そんな物を貰うために持って来たんじゃないよ。何時もお世話になっている気持ちだよ。」と言って怒ったように私に告げました。

 

私は心から失礼を謝りましたが一瞬50年も前に田舎の開業医の父のところへ山鳥や川魚、つきたての餅などを診療代の替わりに持ってきたお爺さん達の古き良き日本人の顔が浮び、まだまだ開業医もまんざらではないなと嬉しい気持ちになりました。さてこの話を有名な切り絵作家で[新宿メダカ同好会、もっか会員2名]の友人にした処「メダカを長生きさせるコツは水草です。私が持ってきてあげましょう。」という事でポリ容器に川から採ってきた水草をいっぱい持ってきてくれました。翌朝水槽に水草を入れようとするとなにやら白く透明な数ミリの生き物が水草に付いています。よく見ると川エビの子供の様です。「これは楽しみが増えた。」と喜びましたが次々とメダカに食べられたのかいなくなり、一匹だけがすくすくと育っています。その成長の早さは驚くべきもので昨日までプランクトンのようなチビが日々大きくなり次第に立派なエビの形になっていきました。食卓のエビしか知らない友人が「これはイセエビになるんじゃないですか?」等とアホな事を言った時には私も[ひょっとするとそうかも]などと考え女房に「川に伊勢えびがいるわけ無いでしょう。」と馬鹿にされました。

 

 

 5cmくらいの体長になると水草を食べたり茎を駆け上ったり、水槽の底を掃除したり大活躍です。夜になると水面の水草の葉っぱを掛け布団にしておなかを上にしてねています。

私たちはこの川エビを“海老蔵”と名づけましたが、なかなかの役者で[成田や!]と掛け声をかけると水槽の正面を向いて歌舞伎の荒事ばりに石をハサミで持ち上げる動作をしてくれます。メダカ同好会の友人はその行動はエビではなくザリガニだと判定し、そのうちメダカを食べるので注意しろと警告してくれました。確かに少しバルタン星人のようになって来ましたが我が心優しいエビゾウはメダカには目もくれず浚渫(しゅんせつ)工事のように小石を集めて巣作りに勤しんでいます。ある日曜日、エビゾウが水草を食べてしまうので、新しい水草とエビゾウ用の瀬戸物のお家を買いにデパートに行きました。店員さんから水草は輸入物が多く農薬が含まれているのでエビが死ぬ可能性がり、1週間ほど水につけてから水槽に入れてくださいと警告されました。ところが帰ってみると女房が駅前の金魚屋で売っていた水草を買ってきて水槽に入れていたのです。そして翌朝、あんなに元気だったエビゾウが水面に浮いていました。いつものようにつついても目を覚まして元気に動き回りません。私は大声で「大変だ。エビゾウが死んだ!」と叫びました。女房がベッドから飛び起きて「ええーほんとうー」と泣きそうな声で階段を駆け下りてきました。エビゾウを殺したのは水草のせいだと叱責しましたが、女房はうつむいたままエビゾウの遺骸を水槽から出し、「ひょっとして生き返るかも」とつぶやきながら酸素石のたっぷり入ったポットにいれましたが無駄でした。私は「今夜はお通夜だ」と不機嫌に言い残し、家を出たのです。その夜はしめやかに2人でお通夜を執り行い、たっぷりお酒をいただきました。翌朝、女房は庭の片隅にエビゾウの亡骸を埋め、瀬戸物のエビゾウ用の家を墓石代わりとして弔いました。

 

 

 数週間後、レストランで知人と食事の際に女房が大きな声で「エビゾウが死んじゃったのよ!」と言いました。その時丁度後ろの席で5人のOL達がにぎやかに食事を摂っていましたが一瞬驚きの沈黙です。そして小さな声で…

「あんた知ってたあ?うそお~この前結婚したばかりなのにい」…等とささやきながら一斉に携帯をいじくり始めました。しばらくしてどうも違うエビゾウさんの話らしいと気がついたようで、相変わらず空気を読めないで能天気にエビゾウ悲話を続ける女房に「ったくう!」というような非難のまなざしを向けたのを私は背後に感じたのでした。

 

 

 

 

理事長 弘岡泰正

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